2008年7月15日 (火)

■3■青年教師の挑戦6■

◆公開授業で発表できたY君
 
三年生になると、Y君のどもりは随分改善されたようでした。
 
また、どもっても言い直しができるようになりました。
 
道徳の地区公開授業で、私のクラスは、
 
ディスカッションをすることになったのですが、
 
Y君が手を挙げて自分の考えを堂々と発表してくれました。
 
クラスの皆が「オー」という驚きと賛同の声をあげました。
 
私は、思わず涙が出てきました。
 
「できた。しかも多くの方が見ているこんな場面で……」と、
 
大感動を覚えました。
 
卒業式を前にして振り返ると、
 
Y君は、一年生の時、二十一回もあった"爆発"が、
 
二年生の時には二回、三年生の時は、ついに○回でした。
 
すごい成長ぶりです。
 
卒業式の日に、Y君のお母さんからお手紙をいただきました。
 
「先生、三年間ありがとうございました。
 
先生は私たち家族にとって、
 
また、息子にとって太陽の存在でした」という、
 
感謝の言葉をいただきました。
 
私は、Y君に接することで、
 
教師として貴重な教育実践をさせていただきました。
 
彼との関わりを通して、私自身が教師として成長できたのです。
 
 
(灯台より)


◆私は、和歌山在住の【miz】といいます。

不況で30数年勤めていた会社が閉鎖、全員解雇となり

副収入を捜していた時です。

物を相手に仕事をしていた私にでも出来る在宅ビジネスに出会いました。

それも、喜んでもらえて副収入になる在宅ビジネスでした。

ワクワクの毎日を過ごしています。(^ △ ^)♭♪

2008年7月 6日 (日)

■2■青年教師の挑戦6■

◆「何度失敗しても挑戦すればいいんだ」

私はY君に、「どんなに時間がかかっても、要するに分かればいいんだ。

人の二倍でダメなら、三倍やればいいんだ。

何度失敗しても、また挑戦すればいいんだよ」と、

肯定的な指導をすることにしました。

Y君がキレて落ち込んだ時でも、「前の時より早く落ち着けたね。

すごいね。頑張ったね」と、とにかくほめて、自信と希望を持たせました。

お母さんには、「Y君は勉強が苦手なだけですから、

とにかく一緒に少しずつ課題に取り組んで、できたらほめて、

自信を持たせてください」とお願いしました。

一方、クラスの子どもたちには、

「人が気にしていることを絶対に言ってはいけない。

まして、どもってしまうことや、失敗した時、そのことを言ったり、

まねをしたりしてはいけない。

また、Y君が暴力行為をしたら、必ず止めてほしい。

それと同時に、他の者がすぐに先生に連絡に来てほしい」と話しました。

皆、素直に聞いてくれました。

こうして五月中旬頃から、クラスの子どもたちの意識は変わり始めました。

Y君をキレさせない環境ができていったのです。

◆運動会や文化祭で成長するY君
 
五月の運動会の大ムカデ競争では、Y君はリズムがつかめませんでした。
 
予行演習では、他のクラスに校庭一周の大差をつけられてしまいました。
 
私は、みんなと話し合って、目標を完走にしました。
 
Y君には、「カが強いから君はクラスの先頭で、
 
機関車をやってくれないか?」と頼みました。
 
迎えた本番当日。
 
あの遅かったうちのクラスが、トップとの差は
 
約半周になるほど速くなっていました。
 
先にゴールした相手のクラスも、二、三年生の先輩も、
 
保護者の方も、私も彼らに声援を送り、一緒に走りました。
 
大感動のゴールでした。
 
二学期、文化祭の学年合唱では、
 
楽譜が分からないY君に耳で覚えさせようと、
 
朝の学活、給食の時間、帰りの学活など、
 
テープを何回も聞かせました。
 
当日はいい顔で歌ってくれました。
 
この頃から、私の指導は、次の段階へと進みました。
 
Y君に対して、「どもってしまっても、また言い直せばいいじゃないか。
 
誰でも失敗した後が大事なんだよ」と
 
話しました。Y君は、失敗しても、
 
立ち直りが早くなりました。
 
(灯台より)

 


◆私は、和歌山在住の【miz】といいます。

不況で30数年勤めていた会社が閉鎖、全員解雇となり

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物を相手に仕事をしていた私にでも出来る在宅ビジネスに出会いました。

それも、喜んでもらえて副収入になる在宅ビジネスでした。

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2008年7月 2日 (水)

■1■青年教師の挑戦6■

◆新しい学校で決意も新たに

教職七年目に中学校の一年生のクラス担任となりました。

学習障害については研修で聞いたことがある程度で、

どこか遠い話のように思っていました。

ところが、入学して二日目の給食の準備中、

その問題にいきなり直面しました。

「ウォー」という大きな声を突然、学習障害児であるY君が発したのです。

これが最初の"爆発"でした。

大声の次には、全身から汗と目から大粒の涙が流れ出てきました。

目つきも細く、どこを見ているのか分からない目になり、

話しかけようとすればするほど、よけいに興奮するのです。

二回目の"爆発"は、二週間後、

一泊二日の宿泊行事の最中に起こりました。

どもったY君に、「何を言ってるのか分からない」と言った子がいました。

その瞬間、Y君は例の状態になってしまったのです。

この時は、その子に殴りかかろうとしましたが、

周りの子どもたちが一斉にY君を押えてくれたので、事なきを得ました。

◆「先生、ぼく変わりたい」
 
Y君は、小学校では泣き叫ぶだけだったのに、
 
中学校では相手に向かっていくようになったのです。
 
そんなY君を見ているうちに、私は、「Y君のために何とかしたい。
 
Y君のために、私はこの学校へ来たんだ」と考え、
 
「絶対に治してみせる」と決意しました。
 
まず、Y君とじっくり話し合いました。
 
「どんなことがあっても、暴力はいけない。
 
相手にけがをさせる危険がある」と話しました。
 
するとY君は、「自分では、どうすることもできない。キレている
 
時のことは、あまり覚えていない。
 
でも、ぼく変わりたい」と話してくれました。
 
私は思わず、一緒に変わろう」と言うと、大きくうなずくY君でした。
 
私は、「そのためだったら、何でもするよ」と彼に約束しました。
 
次に、お母さんと面談をしました。
 
その後、お母さんはY君を連れて専門機関で受診をしてくれました。
 
診断は「図形を正しく認識することができない。
 
軽度の吃音(どもり)。不器用である」また、「これによって国語、
 
数学、英語、社会などの理解に苦しんでいる」ことが分かりました。
 
(灯台より)


◆私は、和歌山在住の【miz】といいます。

不況で30数年勤めていた会社が閉鎖、全員解雇となり

副収入を捜していた時です。

物を相手に仕事をしていた私にでも出来る在宅ビジネスに出会いました。

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